近世の俳諧(発句)


松尾芭蕉 

 山路来て何やらゆかしすみれ草 
 荒海や佐渡に横たふ天の川 
 夏草や兵共がゆめの跡 
 閑さや岩にしみ入蝉の声 
 さみだれを集めて早し最上川 
 さみだれの空吹きおとせ大井川 
 菊の香や奈良には古き仏達 
 此道や行人なしに秋の暮 
 人声や此道かへる秋の暮 
 秋深き隣は何をする人ぞ 

与謝蕪村 

 春の海ひねもすのたりのたりかな 
 凧(いかのぼり)きのふの空のありどころ 
 ゆく春やおもたき琵琶の抱きごころ 
 夏河を越すうれしさよ手に草履 
 牡丹散りて打ちかさなりぬ二三片 
 山は暮れて野は黄昏の薄(すすき)哉 
 小鳥くる音うれしさよ板庇 
 五月雨や大河を前に家二軒 
 富士一つ埋み残して若葉かな 
 白梅に明(あく)る夜ばかりとなりにけり 

小林一茶

 目出度さもちう位なりおらが春     
 人の世や山の上でも田植うた 
 夕空をにらみつけたる蛙哉 
 われと来て遊べや親のない雀 
 じつとして白い飯くふ暑さかな     
 やせ蛙負けるな一茶これにあり 
 半分は人のあぶらが稲の露 
 木がらしにくすくす豚の寝たりけり 
 雪ちるやおどけも云へぬ信濃空 
 これがまあつひの栖(すみか)か雪五尺 

近代の俳句


正岡子規 

 雪残る頂一つ国境   
 雪降るよ障子の穴を見てあれば   
 内のチヨが隣のタマを待つ夜かな  
 春雨のわれにまぼろしに近き身ぞ   
 門しめに出て聞いて居る蛙かな 
 糸瓜咲いて痰のつまりし仏かな 
 痰一斗糸瓜の水も間に合はず 
 をとといの糸瓜の水もとらざりき

高濱虚子 

 旗のごとなびく冬日をふと見たり  
 悲しさはいつも酒気ある夜学の師   
 桐一葉日当たりながら落ちにけり 
 遠山に日のあたりたる枯野かな 
 手毬唄かなしきことをうつくしく 

水原秋桜子 

 春惜しむおんすがたこそとこしなへ 
 麦秋の中なるが悲し聖廃墟 
 来しかたや馬酔木咲く野の日のひかり
 冬菊のまとふはおのがひかりのみ
 滝落ちて群青世界とどろけり            

加藤楸邨

 蟇蛙誰かものいへ声かぎり
 寒雷やびりりびりりと真夜の玻璃
 隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな
 鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる
 木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ
 しづかなる力満ちゆきバッタとぶ

種田山頭火

 悲しみ澄みて煙まつすぐに昇る
 まつすぐな道でさみしい
 あるひは乞うことをやめ山を観てゐる
 酔ふてこほろぎと寝てゐたよ
 大きな穴が掘らるる街のしづけさよ
 ふく風もわたしの肌もさらさら秋
 あめふるふるさとははだしで歩く

飯田蛇笏

 をりとりてはらりとおもきすすきかな
 くろがねの秋の風鈴鳴りにけり

中村草田男     

 冬すでに路標にまがふ墓一基 
 たんぽぽのかたさや海の日も一輪 
 鰯雲個々一切地上にあり   

現代の俳句

(参考文献;『現代俳句の鑑賞101』,長谷川櫂編,新書館,2001/3)


石田郷子

 眠るとき銀河がみえてゐると思ふ
 春の山たたいてここへ坐れよと
 人影をひきよせてゐる冬畳
 犬の尾のふさふさとしてクリスマス
 あたらしき鹿のあしあと花すみれ

藺草(いぐさ)慶子

 月高くなりて待たるる手紙かな
 ぶらんこの影を失ふ高さまで
 蛇流れゆく鎌倉の暑さかな
 火事跡に焼けのこりたる窓のあり
 てつぺんにまたすくひ足す落葉焚

高田正子

 花の散るはじめのひとひらかもしれぬ
 花びらにときどき越されつつ歩く
 花の間に雲の割れたるひかりあり
 くみおきて水に木の香や心太
 みずうみのむかうの寺の除夜の鐘

五島高資

 気をつけをして立つ父と夏の富士
 わたしでも狐でもなく踊るなり
 一九九九年の破魔矢かな
 白椿咲いていて僕寝ていたり
 山藤が山藤を吐きつづけおり

藍原弘和

 白い耳で洋燈の灯を聴いている
 デジタル時計は耳の大きな深海か

上森敦代

 睫には重すぎる嘘 ソーダ水
 夕日のむ都市が増やしている 絶壁
 片っぽのピアスの発芽 昼の月

大高 翔

 十六歳は時限爆弾花ぐもり
 五月闇終わつた恋は貝になる
 炭酸水あの夏のこと沸きあがる
 秋探し色鉛筆の赤がない
 もう二度と聴くことのない声冴ゆる

葵ひとみ

 ひまわりの向かう岸まで遠泳す
 春炬燵青春の青書き損じ

宇田川寛之

 横までの全力疾走かたむいて
 匿名で届く夕暮れありにけり

櫂 未知子

 殺すほど愛したこともなく夕立
 あとさきを知らぬ狼ほど可憐

吉川真美

 成熟とは何なのですかトマト食む
 打つよりは逃げるのが好き水鉄砲
 好きだけどそれだけのこと秋の虹

片岡秀樹

 鰯雲青空独占禁止法
 ミミズ死すSOSのS描いて

山内崇弘

 清流に落胆という石を投げ
 咳込んでそこには誰もいなかった

鄭 民欽(中国)

 清暁雲出岫  (あかつきにくも やまやまよりいで)
 晴波細浪風吹皺(さざなみかぜにふかれてしわだち)
 孤鳥鳴翠柳  (こちょう すいりゅうになけり)

Dorothy Howard (Canada)

 closed curtains  (閉めカーテン)
 a little daylight (陽光少し)
 between the folds (襞あいだ)

Martin Lucus (UK)

   spring's last light  (春の鼓溌の光)
     shining      (輝く)
 in the motorbike mirrors (バイクのミラー)


参考ページ

大型俳句/俳句関連文書データベース検索エンジン

インターネット俳句センター

俳句歳時記

増殖する俳句歳時記(清水哲男氏)

俳句スクエア(代表・五島高資氏)