迷路への断片 '97

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無意識の組曲 −精神分析的夢幻論』,新宮一成,2200,岩波書店,97-11

 死者の世界からの、自分の生命に対する視線、それを求めながら、ぎりぎりの時になって、彼はそこから逃げ出さずにはいられない。死ねないというのは確かに苦しいかもしれないが、死んだ人の立場に立つのも、やはり苦しいことであるからだ。

 けれども、その立場に立たないと、自分の生命の姿を掴むことはできない。死にゆく妹とか、人間に破壊された自然を代表する山猫とか、そういう視点から自分を眺めてみないと、それはできない。

 「デクノボー」を見つけたとき、賢治は、自ら、その視点に立ってみたのではないか。自分の姿は、あの美しい雪のようなものとは、いささか、いや全然違うかもしれない。しかしともかく彼は、そういうものになりたい、と書き記す。

 みんなにでくのぼうとよばれ、ほめられもせず、苦にもされず、そういうものにわたしはなりたい、それは、死にたい、ということである。そういうひとになりたいのではなく、そういうものになりたいのである。

 彼岸の世界からみた自分の姿は、木偶の坊である。

 木偶の坊には枯れ木の姿がある。それは自然の輪廻のなかに自然自らが生じさせた、永遠の死である。そうして生じた自然の死体は、人間によって、操り人形として使われる。木偶の坊とは、自分の意志を持たないで人間たちの中に住んでいる、自然の残り滓である。

 だからこの詩人は、東にでも西にでも南にでも北にでも、人間が呼んでいるところならばどこにでもゆこうとするのである。彼はこの歌を歌いながら、死ねないのではないかという恐怖への捕らわれから抜け出る。(p76-77)

スポーツの汀』,今福龍太,1800,紀伊国屋書店,97-11

 同じことは、戦後の日本においてもいえる。一九四六年から行われるようになった国民体育大会は、戦争による荒廃からの復興をスポーツの振興によって実現しようとする意図にもとづいていた。それは天皇の国内巡幸の旅に連動するかたちで、天皇の臨席を儀式化し、まもなく優勝県に天皇杯、準優勝県に皇后杯を授与しながら全国各地を巡回して今にいたっている。「国体」という行事における戦後の国民へのスポーツ奨励と天皇制との象徴的な結びつきは、ただちに戦前におけるもう一つの「国体」の存在を連想させる。こちらの「国体」は国民体育大会の略語ではなく、ふつう"polity”とか"body politic”とかいった英語に相当する、有機体的国家観を意味する言葉であり、天皇への忠誠をつうじて個人の身体が国家と結ばれるという考え方の原点にあった概念である(このあたりの事情についてはノーマ・フィールド『天皇の逝く国で』[大島かおり訳、みすず書房]が斬新な指摘を行っている)。

 この戦前の全体主義的な国粋イデオロギーを示す言葉が、戦後の国民的運動競技会の名称と一致するのを、単に偶然とみなすべきだろうか。そこには明らかに、規律化された身体と国家秩序の同一視という無意識の近代イデオロギーが、戦前と戦後にわたって継承されているという事実が暗示されているのである。ここでもスポーツする身体は、いつも国家の姿を写しだすイデオロギー装置としてイメージされているのだ。(p146)

いざとなりゃ本ぐらい読むわよ』,高橋源一郎,1400,朝日新聞社,97-11

* まず最初にこっちから質問をするから、答えてくれないかな。いいかい、

 「小説とは何でしょう?」

 困った顔をするなよ。何十年だか、何百年だか知らないが、この問題については無数の人たちが論争してきて決着がついてないのに、素人のオレにわかるわけがないだろって?

 いや、いや。ぼくは逆に、こんなに簡単な問題に答えられない方がどうかしてると思う。というか、すごく簡単に答えちゃった方がいいと思う。ぼくの答えはこうだよ、

 「ある世界があって、そこにはなにか法則がある。けれども、その法則がなぜあるのかは誰も知らない」ということを書いているのが小説なんだ。(p91)


* ウィトゲンンシュタインの最初の「先生」となったバートランド・ラッセルはこの弟子の超人的な頭脳にあてられて「ウィトゲンシュタインの反対が理解できないが、彼の反対は正当であるに違いないという思い込みが、ラッセルの自信喪失になっている」状態になってしまった。いや、ラッセルだけではなく彼の周りに集う者は程度の差こそあれ毒気にあてられて自信を喪失したのだ。

 徹底した論理性と神秘主義の不思議な両立。強烈な影響力。自らが作り出した論理の不断の訂正と変更。無類の断定癖。突然の激昂。相手が誰であろうと、頭脳明晰でない人間への嫌悪。その一面で献身的な教師たろうとし、生徒に愛されたこと。おお、これは柄谷行人その人じゃないですか。(p158)


* さて、「処女じゃないのに処女出版」という秀逸なコピーがつけられた愛ちゃんの本のタイトルは『どうせバカだと思ってんでしょ !!』(徳間書店)。このタイトルはすごい。ギクリとするぞ。愛ちゃんの魂の叫びがそのままタイトルになってしまったようだ。また、この正直さも尋常ではない。ほとんど武者小路実篤の域に達しているといっても過言ではないのである。(p93-94)


* どうも、以前に読んだことがあるような気がするのである。そこで、彼は実篤の全集を点検してみた。あった。なんと、昔書いた原稿なのである。ありゃりゃ。困り果てた編集者氏は編集長と相談した。なんといっても、相手は大巨匠である書き直してもらうったって、どういえばいいのだ。チョベリブルーになったあげく、ふたりは決死の覚悟で実篤邸へ向かい、こう切り出した。

 「実はお話というのは、お原稿のことなのでございますが……」

 すると、実篤、さっと立ち上がり全集の一冊を持って現れ、「ああ、あの原稿、これと同じだよ。」(p238)

書斎のナチュラリスト』,奥本大三郎,640,岩波新書,97-11

 賢い人の書いた、内容がいっぱいに詰まっていて、読めばこっちも賢くなりそうな本を、今まで私は沢山読んできた筈である。「筈である」というのは我ながらいささか心許無い話で、そんなことで人にものを教えるような職業に就いていていいのか、と言われれば困るけれど、私が本から学んだことは実用の役に立たぬことばかりである。何もかもきれいに忘れてしまえばいっそさっぱりするような気がしないでもない。

 マッチのラベル、切手、虫の標本、硯、骨董のカケラ断片、古本、その他諸々のガラクタを蒐め集積して、身辺、机辺がごたごたと片付かず掃除も出来ず、それでいて、これといった宝をひとつも持たぬ人間が、えい、火事にでも洪水にでも会って、これが皆無くなればせいせいするのに、と破滅的な気分になる、そういう情況なのである。

 内容の詰まった本、意味のあることの書いてある本がうるさい。……(「書き出しの辞」)

謎・死・閾』,松浦寿輝,4500,筑摩書房,97-10

* 「こころ」を大地の譬喩としてイメージすることに何か虚を衝かれるような思いが伴うのは、たぶん私にとって「こころ」とは、ごくごく表層的なざわめきや揺らぎのような何ものかなのであり、肥料をやって耕せばますます地味豊かになってゆく「深さ」といったものがそこに備わっているなどとはあまり想像したことのないせいなのだろう。いったい、人の「こころ」とは、堅固な大地というよりはむしろ、大小様々な波紋が絶えず広がっては消えてゆく水面のようなものなのではないか。水と言っても、人を溺れさせるほどの「深み」を湛えた淵とか淀みのことではなくて、薄っぺらな表層としての水の「面」そのもの、いや、むしろその表面の上に移ろい過ぎてゆく波の絵模様の総体とでも言ったらよいか。(p307)


* 私にとって読書とは、本質的には動物的な体験である。読書を通じての「栽培」や「発掘」といった身振りが現実的なものに感じられないのは、私は結局、私自身が一匹の獣の躯を持った存在であるという一事をなまなましく思い出させてくれる書物にしか、本当のところ用はないと考えているせいだろう。ふと気がつくと不意に間近に迫っていて生暖かく湿った腥い息をこちらの顔に吐きかけてくるとか、その快い感触に愛撫されているうちに躯の芯が痺れたようになってしまうとか、吐き気を催すほどの嫌悪感をかき立てるとか、ひとたびそれと深いところで交わってしまった時以来その甘美でまた恐ろしい記憶に生涯にわたって責任を取りつづけないわけにはいかないとか、そんな動物的な仕方で遭遇することのできる言葉=記号にしか、私は結局興味がないのだ。(p309)

償いのアルケオロジー』,鵜飼哲,1500,河出書房新社,97-10

 永山の死について、私たちは、いつか、何ごとかを知りうるだろうか。ありそうにないことだ。抹消された存在は、金輪際、甦りはしない。ただ、『ショアー』が示したように、彼の死にかかわった人々が、ある日、何ごとかを語る可能性まで否定し去ることはできない。『ショアー』に登場し証言した元ナチス党員を指してランズマンが言ったように「奇跡」のような回心が永山の死に責任を負う人々に訪れ、彼らの口が開く可能性までは。しかし、このような「奇跡」の到来を祈るとき、私たちは、すでに、宗教と呼ばれるものの閾に立っているのである。

 永山の死を、一九歳のときに犯した罪−−四件の殺人−−に対する「当然の償い」であると考える人は多い。その人々は、しかし、かつて中国東北部で七三一部隊の一員として生体実験にかかわった日本人医師が、今、「人道に反する罪」で裁かれ、場合によっては死刑を宣告されるとしたら、それもまた「当然の償い」であると言うだろうか。日本という社会を知る者として、私は、その可能性は小さいと思う。この国の「国民」は、国家の名による殺人に対し、個人的動機による殺人よりもはるかに寛容であるのがつねである。それはなぜか。この現状を生んだのはどんな歴史的事情なのか。この現状を変えるには何が必要なのか。(p185-186)

子どものための哲学対話』,永井均,1000,講談社,97-7

ペネトレ:友だちって必要だと思うかい?

ぼく:そりゃあ、絶対、必要だよ。ひとりぼっちじゃ、さびしいじゃん。

ペネトレ:ぼくは友だちなんかいなくたって、ぜんぜん平気だよ。

ぼく:ペネトレは猫だからさ。

ペネトレ:人間だって、ほんとうは、おなじなんじゃないかな。いまの人間たちは、なにかまちがったことを、みんなで信じこみあっているような気がするよ。それが、いまの世の中を成り立たせるために必要な、公式の答え(→第1章−10)なんだろうけどね。でも、その公式の答えは受け入れないこともできるものだってことを、わすれちゃいけないよ。

ぼく:猫のことは知らないけど、人間は、自分のことをほんとうにわかってくれる人がいなくては、生きていけないものなんだよ。

ペネトレ:そんなことはないさ。そんな人はいなくたって生きていけるさ。それが人間が本来持っていた強さじゃないかな。ひとから理解されたり、認められたり、必要とされたりすることが、いちばんたいせつなことだっていうのは、いまの人間たちが共通に信じこまされている、まちがった信仰なんだ。

ぼく:そんなことを言ったのはペネトレだけだよ。

ペネトレ:人間は自分のことをわかってくれる人なんかいなくても生きていけるってことこそが、人間が学ぶべき、なによりたいせつなことなんだ。そして、友情って、本来、友だちなんかいなくても生きていける人たちのあいだにしか、成り立たないものなんじゃないかな?

ぼく:そんなはなしは、はじめて聞いたよ。(p62-63)

あたらしい読書をめぐる27の断章」(『季刊 本とコンピュータ』97年夏号所収),粉川哲夫,1300,トランスアート,97-7

 わたし自身に関していえば、近年、一冊の本を通して読むことが少なくなった。本の方も、読み通すということを前提にしないものが多くなっている。そもそも、本に目次がつきそれが次第に詳細になり、さらに章や、さらには段落ごとの見出しがつけられるようになったとき、本の変質は始まっていた。(p210)

ジンメル 生の形式』,北川東子,2524,講談社,97-6

 思想において「コケットな女」であること−−それは、近代が理想的主体と考えた「成熟した男」であることからの意図的な逃避であり、「近代的主体」に対する意図的な挑発である。「近代的主体」との対決ではない。そのような正面切った激しいことばは似合わない。むしろ、従順をよそおい、無限にかわすのであり、そのことにおいて、まさしく欲望する「彼自身」を現出させる、誘惑の思想である。

 「コケットな女」ジンメルは、男性的な「近代的主体」と思想的にたわむれる。無限の誘惑的行為において、彼の欲情をあおりたてる。ジンメルは思想において「近代」を誘惑する女であろうとし、「近代」の本体を、その男性偏向的な本体を暴露する。(p96)

新しいヘーゲル』,長谷川宏,640,講談社現代新書,97-5

 「反復」−−ヘーゲル哲学で精神の本質が「発展」にあるとされていることを横目でにらんだ命名である。キルケゴールは人生が反復できるかいなかについて明言してはいないが、対立をはらみつつ持続的に発展していく人生、というイメージを向日的にすぎると感じていたのはたしかで、やりなおせるものならやりなおしてみたい、といった一見不条理な痛苦の思いに人生の真実相を見ようとしているのである。(p175-176)

キリスト教的な英雄精神とは、まったく自分自身になりきること、一人の人間に、まさしくこの単独者になって、ただ一人で神の前に立ち、ただ一人でこの巨大な努力と巨大な責任を担いきる、とういう点にある。(S.Kierkegaard, Die Krankheit zum Tode

 この単独者の境地は、ヘーゲルのいう個の内面的主体性ときわめて近い距離にあるといってよい。が、決定的にちがうのは、ヘーゲルのいう内面的主体性がヨーロッパ近代に生きる個人の出発点であるのにたいして、キルケゴールの単独者がキリスト者の最終到達点とされていることである。単独者は、おのれの内部に理性を見いだし、その働きを通じて自然や社会と和解することもなければ、宗教的な共同体精神に参与するなかで神と和解することもない。死に至る病(絶望)を深く病みつつ、なおもただ一人で神の前に立ちつづけること--それが単独者に課せられた唯一の義務であり、単独者は、自然との和解も、他人との和解も、社会との和解も、神との和解も期待してはならない。おそれとおののき、不安と絶望に身を浸しつつ、ただ一人で神の前に立つのが真のキリスト者であって、どこかになんらかの和解を求めることはキリスト者の真理にもとる自己欺瞞なのだ。神との和解がありうるとすれば、それは、精神が社会にむかっておのれを解放していくという、前むきの発展過程の結果として得られるものではなく、不安と絶望の底を掘りつづけるような、それ自体が絶望的な下降過程のさなかに 、突如として神のことばが了解できるといった逆説としてあらわれるほかはない。そういう逆説や飛躍を本質とするのがキルケゴールの信仰なのだ。
(中略)
たとえば、二十世紀ヨーロッパの代表的な無神論者サルトルは、ヘーゲルからもキルケゴールからも距離をとった視点から、二人の異質な哲学者の価値をそれぞれにこう評価している。

ヘーゲルの長所はつぎの点にある。空虚な主体性に至るほかない硬直した貧困な逆説に固執するかわりに、このイエナの哲学者は真に具体的なものを概念によってとらえようとし、媒介の過程をつねに内容ゆたかなものとして提示している。キルケゴールの長所はつぎの点にある。人間の苦しみ、必要、情熱、悲歎は、知によって克服することも変えることもできないむきだしの現実だと考えた点に。(J.-P.Sartre, Critique de la raison dialectique
(p177-179)

「教養」とは何か』,阿部謹也,640,講談社現代新書,97-5  

* 十二世紀になってはじめて「いかに生きるか」という問いが実質的な意味をもつことになった。この頃に都市が成立し、そこで新たな職業選択の可能性が開かれていたからである。農村出身の子弟は都市でギルドやツンフト(手工業組合)の職人になる可能性があったし、大学に進学し、法律家や官僚、司祭になる可能性も生まれていた。このような可能性が開かれたとき、はじめて人は「いかに生きるか」という問いに直面したのである。それまでは父親の職業を継ぐことが当然のこととされていた。いまやなにを職業となすべきかを考える中で「いかに生きるか」という問いが重要な意味をもったのである。

 これが「教養」の始まりであった。この頃多少知的関心がある人はこの問いをローマ末期の作家たちに問いかけていた。当時の俗語としてのフランス語やドイツ語ではこのような問いに答えることはできなかったからである。ラテン語の能力はこの頃洗練され、人々は文法的な誤りなくラテン語を話せるようになっていた。そのラテン語を用いて「いかに生きるか」という問いが立てられていた。(p53-54)


* これまでの教養の概念の中心には、文字があり書物がおかれていた。「教養がある人」とは多くの本を読み、古今の文献に通じている人を指すことが多かった。当然読書の結果その人は世の中をよく知り、様々な事柄について的確な判断ができるとされていた。ときには「教養のある人」とは人格者でもあるとされていた。しかし歴史的に辿ってみると、それらは個人の教養に過ぎず、教養概念の一部分でしかないことが解る。「いかに生きるか」という問いを自ら立てる必要がなく、人生を大過なく渡っていた人々は数多くいたのである。それらの人々のことを考慮に入れ、「教養」の定義をするとすれば、次のようになるであろう。

 「自分が社会の中でどのような位置にあり、社会のためになにができるかを知っている状態、あるいはそれを知ろうと努力している状況」を「教養」があるというのである。そうだとするとそのような態度は人類の成立以来の伝統的な生活態度であったことが解るだろう。

 たとえば農業に従事している人を考えてみよう。彼らは自分たちの仕事が人々の生活を支えていることを知っていたであろう。自分たちの仕事が社会の中でどのような位置を占めているかについては自ら考えをめぐらすことはなくても、知っていたであろう。ただし彼らがそのことを言葉に出して語るためにはもう一つの「教養」つまり文字が必要であったから、それが言葉になるためには長い年月が必要であった。しかし彼らはこうしたことを身体で知っていたから、「いかに生きるか」という問いを立てる必要もなかったのである。こうした人々の人生に向かう姿勢をあえて教養というとすれば、それは集団の教養というべきものであろう。(p55-56)

生命の意味論 』,多田富雄,1545,新潮社,97-2

 人間の胎児は受精後七週くらいまでは、まだ男でも女でもない状態、あるいは女でも男でもある状態である。それは、男にも女にもなれるような重複した生殖器官の原器を持っているからで「性的両能期」とも呼ばれる。その時期の生殖器官というのは、やがて男性生殖器になるウォルフ管と、女性のそれのもととなるミューラー管で、その両方を持っているのである。

 八週目になって、やっと男性への分化が始まる。精巣すなわち睾丸が生まれるのである。このときY染色体上にある数少ない遺伝子のひとつ、精巣決定遺伝子Tdfが働くと考えられている。この遺伝子の働きについてはあとで述べるが、哺乳類の性決定の方向づけの最初の段階で働くほとんど唯一の遺伝子である。

 九週になると、作り出された精巣から抗ミューラー管因子というホルモンが分泌され、女性生殖器に分化するはずのミューラー管に働きそれを退化させてゆく。この退化は前章で詳しく述べたプログラムされた細胞死、すなわちアポトーシスによるもので、ミューラー管は不可逆的に消失してゆく。ミューラー管が退化するとはじめて、今度は男性の輸精管のもとであるウォルフ管の方が発達を始める。ミューラー管の積極的な退化がなければ輸精管は発達できない。輸精管が作られる途上で精嚢とか前立腺などの男性の器官が作られてゆくのである。

 ミューラー管を退化させる抗ミューラー管因子が働かなければ、ウォルフ管があろうとなかろうと、あるいは特別なホツモンが働かなくてもミューラー管の方は自然に輸卵管、子宮、膣などの女性生殖器官を形作ってゆく。

 したがって、人間はもともと女になるべく設計されていたのであって、Y染色体のTdf遺伝子のおかげで無理矢理男にさせられているのである。人体の自然の基本形は、実は女であって、男はそれを加工することによって作り出されるわけである。

 Y染色体上のTdf遺伝子がこのとき何をやっているかというと、精巣内部で抗ミューラー管因子を作り出すのを促進するように働いているのだ。さらに睾丸が作り出す男性ホルモン、アンドロゲンは、放っておくとアロマターゼという酵素の作用で女性ホルモンに変わってしまうのだが、Tdf遺伝子の産物は酵素遺伝子の働きを負に調節することによってアンドロゲンを男性ホルモンのまま引き留めておくように働く。

 なんと回りくどいやり方で、脱女性化という方向転換をしていることか。Y染色体はこうしてやっとのことで男を作ることに成功するのである。この過程で障害が起これば、みんな女になってしまう。(p105-107)

迷路への断片 '96

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