迷路への断片 '99

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誤解される『自己決定権』−『援助交際』を肯定する論理はあるか」(『論座』99年4月号所収),宗岡嗣郎+清水純,780,朝日新聞社,99-4)

 それでは、従来の権利論が慎重に隠蔽してきた部分とは何だろうか。それは、近代的な法や権利の根拠をつきつめれば、結局のところ単なる「価値合意」でしかないという点である。(略)

 だから、思想家たちはこの近代的な人権概念の本質を隠そうとして、さまざまな工夫をこらした。その典型こそ、ブルジョアジーにとっても「両刃の剣」のように危険なホッブズの論理を継承し、法と国家に先立つ「自然権」という概念を打ち出した「近代自然法論」の論理である。詳細は省くが、それによって基本的人権を前国家的な権利として「生得的なもの」だとする考え方に根拠を与え、近代ブルジョア人権概念に、法と国家を超えた普遍的なものであるかのごとき装飾を加えたのであった。

 しかし、どれほど基本的人権を「別格」の権利だと装ってみても、「権利(自然権)」を「法(自然法)」に先行させたことによって、権利概念は決定的に無内容なものになってしまった。現に、ホッブズでは自然権とは要するに「何でもできること」を指していたのである。それは、ホッブズに至るまで二千年近い伝統をもった「伝統的自然法論」の論理を完全に反転させるものであった(三島淑臣『法思想史』[青林書院]参照)。

 本来、ギリシャ以来の伝統的な思想では、ある「モノ」がある「ヒト」に「正しく」帰属している状態を「権利」と呼んだのである。英語でもドイツ語でも、「権利」という言葉が「正しさ」と同じ単語で表示されるのはその名残である。権利は客観的な「正しさ」と常に一体であったがゆえに、あることを、まず抽象的に「権利」だと認めた上で、次に具体的にそれを「正しい」範囲に限定しようとする発想はなかった。ところが、ホッブズ以降、「権利」は原理的に「正しさ」という客観的基準から切り離されたので、「何でも」それを「権利だ」と主張すれば「権利となりうる」構造をもってしまった。つまり、「権利」は抽象的に存在しうる「概念」と化したのである。

もてない男−恋愛論を超えて』(小谷野敦,660,ちくま新書,99-1)

 しかし、何といっても「恋愛への憧れ」から抜け出すのは容易ではない。新興宗教からの「脱洗脳」に際しては、元教徒は激しい死の恐怖と戦わねばならないという。恋愛教からの脱出は、激しい「生きる意味の喪失」の恐怖のみならず、恋愛を賛美する映画や小説とも戦わねばならないのだ。あたかも、近代社会は宗教の変わり(ママ)に恋愛教を据えたかのようである。精神分析の過程で、分析医に恋してしまうという「転移」が起こるように、あるものへの囚われから抜け出すには、別のものへの囚われが取って代わることが多い。いったい現代の社会において、恋愛に変わるべき「生き甲斐」とは何だろう。(p188)


『最新・世界地図の読み方』(高野孟,720,講談社現代新書,99-8)

沖縄には「海洋深層水開発協同組合」があって、沖縄本島南方三○キロの洋上に世界で唯一の深層水取水装置「海ヤカラ一号」を浮かべて、深さ六○○メートルと一四○○メートルから海水を汲み上げて、それを使ってある会社が食塩を作っている。深層水は、海面の汚染とは無縁で、細菌や微生物も繁殖しにくいため、有用元素が多く含まれる清浄な塩ができる。それを舐めると、地球が何百年もかけて熟成したエッセンスの味がして、不思議な気分になる。(p108-109)

いま沖縄は、過大な米軍基地の重圧に苦しみながら、経済自立への道を模索している。日本政府は「基地のおかげで、雇用や収入が生まれ、本土からの公共事業費や補助金も割り増しになっているじゃないか。他にろくな産業もない沖縄県は、基地がなくなってどうやって生きていくのか」という態度である。そう言われてしまうと、県内総生産国内最低クラスの沖縄としては黙ってしまうしかない。
 実際、日本地図で見ると、沖縄は、まともな位置さえ示してもらえず、ちょうど卒業式の記念写真撮影の日に欠席して、あとから丸い顔写真をはめ込まれた人のように、片隅の別枠に切り離されて辺境扱いされている。しかし、それは東京中心の、陸地主体の地図だとそうなるだけのことで、沖縄の那覇市を中心にした地図を描けば、一○○○キロ圏に高知、山口、福岡、韓国の光州、上海、福州、台湾の全部が、一五○○キロ圏に東京、ソウル、ピョンヤン、マニラが、二○○○キロ圏に仙台、北京、西安、海南島、ミンダナオ島が、それぞれ入ってくる。かつて琉球が明との濃密な貿易と交易の拠点とした福建省の福州には、今また沖縄県が建てた立派な友好会館と県の出先事務所(いわば大使館)があるが、そこまではわずか三七○キロである。(p112-113)

迷路への断片 '98

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